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BookReview 〜「Justice(Michael J. Sandel)」〜 Part1

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今回から数回にわたってご紹介するのはハーバード大学教授マイケル・サンデルさんの「これからの『正義』の話をしよう」です。

 

 英語版

Justice: What's the Right Thing to Do?

Justice: What's the Right Thing to Do?

  • 作者:Michael J. Sandel
  • 出版社/メーカー: Farrar, Straus and Giroux
  • 発売日: 2010/08/17
  • メディア: ペーパーバック
 

日本語版 

ハーバード大学で政治哲学を教えるマイケル・サンデル教授の講義はそのあまりの人気っぷりに大学史上初めてその内容がテレビで公開されました。日本でも「ハーバード白熱教室」として取り上げられ話題となりました。

 

そんな名物教授が著した「これからの正義の話をしよう」ですが、初心者にはとっつきにくいイメージのあるいわゆる「ザ・哲学書」といった感じではなく、豊富な問題提起(トロッコ問題、腎臓売買の是非)を交え、歴史上の哲学者(主に政治哲学者)の主張の本質部分をわかりやすく提示することがメインとなっています。

それではその第1章を見ていきましょう。

哲学的問いを投げる事例

ハリケーンチャーリーの話

2004年、メキシコ湾で起こったハリケーン「チャーリー」を題材にサンデル教授は話を始めます。ハリケーンアメリカに甚大な被害をもたらしただけでなく、「便乗値上げ」に関する論争まで巻き起こしたと言います。一袋2ドルだった氷が10ドルに跳ね上がり、家の屋根から二本の木を取り除くのに業者は2万3千ドルを請求し、小型の家庭用発電機を通常は250ドルで売っている店が、ここぞとばかりに2000ドルの値札をつけたのです。屋根修理が必要になった人々や電気が止まり冷蔵庫やエアコンを使えなかった人々はこれらの値段に従うほかなかったと言います。

ロッコ問題

線路を走っていたトロッコが制御不能になり、このままでは前方にいる作業員5人の命が犠牲になってしまうという状況があったとします。しかし、あなたはそのトロッコの分岐器が目の前にあることに気づき、その分岐器のレバーを引けばトロッコがもう一方の進路に進みます。そちらには一人の作業員しかいません。レバーを引けば5人の命が助かり、一人が犠牲になるということです。

あなたはレバーを引きますか?

次の状況はどうでしょうか。上の事例と同様トロッコが制御不能になり、進路上にはまたしても5人の作業員がいます。今回は分岐器はありません。しかし、隣にとても太った人が立っているではありませんか!その人を突き落とせばトロッコが停止し、5人の作業員の命が救えます。しかし、その太った男は死んでしまいます。

あなたはこの男を突き飛ばしますか?

 

 

 

 

 

さて、一つ目のハリケーンチャーリーの問題ですが、多くの人は「便乗値上げ」に対して「ひどい!」、「人の足元を見るなんて最低だ!」と憤りを覚えます。

しかし、なぜそのように考えたのか。その感情の根底にある原則は一体なんなのか。「正しくない(非正義)ものは、正しくない!」とただ感情的に述べても以下で述べる主張を前に戸惑うことになります。

そして二つ目のトロッコ問題。

多くの人は一つ目の問いでは「レバーを引く」と答え、二つ目で「突き落とさない」と答えます。「一人の人間を犠牲に五人の命を救う」という点で二つは共通しています。それなのにそう考える理由はなぜでしょうか?はたまた、そう考えない理由はなんでしょうか?

幸福の最大化、自由の尊重、美徳の涵養

ハリケーンチャーリーの事例は我々に「便乗値上げは悪か」という問いを突きつけます。便乗値上げ擁護派の主張はどんなものでしょうか?

例えば、便乗値上げによって得をする人間の方が便乗値上げによって損をする人より多い場合、便乗値上げが悪であると言い切るもっともな理由はどこにあるのでしょうか?

これはいわゆる功利主義の立場にたった場合の意見です。「最大多数の最大幸福」という言葉で有名な政治哲学者ベンサムが確立した功利主義は、道徳の至高の原理は幸福、すなわち苦痛に対する快楽の割合を最大化することだと定義します。ハリケーンチャーリーの事例でいえば、便乗値上げによって得をする人の「幸せの総和」が、便乗値上げによって損をする人の「苦痛の総和」より大きければ功利主義者たちは便乗値上げは悪ではない、と結論づけます。また、便乗値上げによって仮に経済が発展し、便乗値上げによって苦痛を強いられる人の数よりはるかに多くの人が幸せになった場合、便乗値上げはそれでも悪と言えるのか、と功利主義者たちは主張するでしょう。本書ではまず「功利主義(=幸福の最大化)」とは何かから入り、その強みと弱みを見ていく展開になっています。

その次に、「自由」というテーマで正義とは何かを見ていきます。富の再分配のために高所得者から多額の税を徴収することは正義であるのか。働いて得た所得に対する課税は強制労働と一緒ではないのか。ハリケーンチャーリーの事例を見れば、いくら足元を見ているとはいえ、ある種のビジネスチャンスを見つけ儲けようとする行為を禁止する行為は自由市場の理念に反しているのではないのか。人の自由な経済活動を妨げ、個人の権利を侵害しているのではないのか。それらを考察していきます。

別の事例を見てみましょう。自分の体が自分の所有物ならば自らの臓器を売買することも自由なはずです。究極的な事例として例えば、息子を大学に行かせるためにお金が必要になった人間が自分の臓器を売り払うことを考えて見ましょう。臓器を売り払ったらその父親は死にますが、仮に自分の体が自分の所有物ならばその父親を止める権利を一体誰が持っているのでしょうか。

こえらの「自由至上主義(=リバタリアニズム)」を見ていくことにより社会と個人の権利の関係性について議論する展開になっています。

そして、最後に美徳とは何か、「善く」生きるとは何か、を見ていきます。功利主義自由主義の意見を聞いてもなお、ハリケーンチャーリーの事例について「便乗値上げなんてひどい!」と思うのはどのような考えに基づいているのか。善く生きるための行動規範とは一体なんなのか。古代ギリシャ哲学者のアリストテレスや近代哲学の祖イマヌエル・カントの思考を辿り、それらを考えていきます。

 

大雑把に哲学とはなんなのか

第1章の最後にサンデル先生はこのように述べています。

 

「正義に関する自分自身の見解を批判的に検討して見てはどうだろう

ーそして、自分が何を考え、またなぜそう考えるのかをみきわめてはどうだろう」

 

この世に絶対的な正義など存在しません。時代ごとにイデオロギーのパワーバランスが変化することが、絶対的な正義が存在しないことを端的にあらわしていると僕は思います。

政治的右派か左派か、無神論者か宗教的右派か、グローバリストかナショナリストか。はたまたその中間に近い存在なのか。

それらのどれであっても、自分はなぜそう考え、なぜそれが正義であると考えるのかを考察し、自己を見つめ直すことはある意味人間の特権でもあります。自分の思考を辿り論理的な議論ができるようになった時、自分と世界の関わり方を別の視点で捉えるチャンスを得ます。

哲学とは、人を最も精神的に豊かにするものだと個人的に思っています。

 

それでは次回は「これからの『正義』の話をしよう」の第2章をご紹介したいと思います。

 

 

 

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